君の脈で踊りたかった
ピコン
君の脈で踊りたかった
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03
-Globe amaranth-
思いのすべてを、言葉と花言葉に託して
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"手術中"と書かれたランプが消え、すぐ下の扉がゆっくりと開く。僕は震える足を叱咤して立ち上がり、手術室から出てきた医者のもとへと向かった。医者の顔はマスクで半分隠されていて、結果をうかがうことはできない。
「…あ、あの…紗凪は……」
こちらに気がついた医者は、静かに目を伏せて首を横に振った。それを見た途端、僕は膝から崩れ落ちた。
_____僕と紗凪は、結婚を約束したばかりの恋人だった。気弱でどうしようもない僕がたくさん考えて贈ったプロポーズを、紗凪が心底嬉しそうに受け取ってくれた日の、帰り道。彼女は突然突っ込んできた車に轢かれて、再び目を開くことなく亡くなってしまった。……絶望、だった。これから幸せ溢れる毎日が送れるはずだったのに。彼女と永遠を誓って、みんなに祝福してもらえるはずだったのに。描いていた明るい未来は、真っ黒に塗りつぶされてしまった。…しばらくは彼女が亡くなったという現実を受け入れられず、2人分の料理を作ったり、見えない彼女に話しかけたりしていた。でも、日々が経つにつれ、いやでも現実は迫ってくる。そして…、紗凪の温もりが還ることはないとはっきり認識した日。僕はずっと入ることを避けていた紗凪の部屋に入ることを決意し、少し埃を被った冷たい遺品たちに手を触れた。…はじめは、彼女との思い出を紐解くように、ひとつひとつに触れることができていた。しかし、少しずつ買ったとき、渡したときの記憶が薄れているものが増えてきて、やがて僕の手は完全に止まってしまった。古くなった思い出の遺品の数々を前に必死に頭を働かせたが、どうしてもそのときの記憶を思い出せない。そんな自分に怒りがこみ上げて、僕は床に拳を叩きつけた。
「なんで…どうして思い出せないんだよ…!?」
紗凪のことを、今もずっと愛している。だから、愛する紗凪の表情を、生きていた証を、思い出を、なにもかもを、忘れたくない。ずっと覚えていたい。なのに、彼女とのあらゆる記憶が、僕の意思に反して砂のようにこぼれ落ちていく。
「なんで…なんでなんだよ!!!」
自分が許せなくて、記憶を失っていくのが怖くて、一晩中泣き喚いた。やがて身体が限界を迎え、僕は糸が切れたように倒れた。
🥀
春先のようなあたたかさを感じて、薄く目を開ける。もしかして、あのまま死んでしまったのだろうか。そう思って脈を測ってみたが、まだ僕は生きているようだった。なら、ここはどこなのだろう?眠った場所にいない時点で、イレギュラーなことが起きている、ということは分かる。いつもの僕なら、この状況に怯えて、震えてしまっていただろう。でも、なぜだか今の僕の思考は澄み切っていて、恐怖心はかけらもなかった。…なんだか、彼女がすぐ側にいてくれているような、そんな気がするのだ。僕は彼女に背中を押されるようにして、目の前に建つ家の扉に手をかけた。
「いらっしゃいませ」
扉を開けて中に入ると、片目が前髪で隠れた女性が、1輪の花を持って立っていた。女性は軽く礼をすると、静かに口を開いた。
「お客様のことを、お待ちしておりました。貴方の状況はすべて分かっています。愛した女性が亡くなってしまったこと。決意して遺品の整理を始めたこと。そして…記憶が失われていくのを、恐れていること」
「え…」
女性は驚き戸惑っている僕の手を掬い、持っていた花を握らせてから、再度口を開いた。
「たとえ思い出せなくなってしまったとしても、貴方が愛した彼女との記憶は、亡くなることなく貴方のなかで生き続けているんです。見えないだけで、確かにそこで息をしているんです」
「…!」
女性の言葉が、僕のなかに優しく浸透していく。…そうか。自力では思い出せなくなってしまうだけで、僕のなかに確かに記憶は存在し続けているのか。記憶に、"死"はないのか。
「…ありがとう、ございます」
「お礼は不要ですよ」
女性は僕の手をそっと離すと、僕の目をまっすぐ見つめながら言葉を継いだ。
「お客様。目が覚めたら、この花の…、千日紅の花言葉を調べてみてください。その言葉たちが、きっと貴方の支えになりますから」
女性のその言葉を皮切りに、突然僕の視界を綿のようなモヤが覆いはじめた。その光景に恐怖を感じた僕は、強く目を閉じた。
🥀
眩しい光を感じて、目を開ける。寝ぼけ眼を擦りながら窓に視線を向けると、そこにはあの女性にもらった花が横たわっていた。
「ゆ、夢じゃなかったの!?」
混乱したまま花を手に取り、じっと見つめる。…やっぱり、女性にもらった花で間違いないみたいだ。…あれ、そういえば最後に、何か言われたような。
「…あ、花言葉」
僕は携帯を取り出し、"千日紅 花言葉"と検索をかけた。_____そこに書かれていたのは、あたたかく優しい、僕を包み込むような言葉たちだった。
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夢から覚めては 息を吐いて
形も見えない 君を見てた
情けないけど 抱きしめてよ
側に 側に いて
だらしないけど 抱きしめてよ
側に 側に いて
側に 側に いて
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💜千日紅 cv.まや茶
https://nana-music.com/users/821673
伴奏︰萩*様
イラスト︰ゆん様
SS︰琉伊
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