君の銀の庭
🎹ファシリア&🐦モリー
君の銀の庭
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第4節 この愛は無常
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「え……っと」
今日ほど自分の感情が顔に出にくい体質に感謝したことは無い。ネージュは表情を動かさず、視線だけでモリーに合図を送る。するとモリーがにこりと微笑んだ後にファシリアに軽く会釈をした。
「初めまして……私はモリー・ブルーフェザーと言います。私も旅をしていて、たまたま……この小川でネージュさんに会ったんです」
「あら、そうなのですね!もし良ければ一緒に朝食はいかがですか?こうしてここでお会い出来たのも何かの縁ですもの!」
「はい、もちろん」
「……それなら私は水を汲んでから行きます」
「そう?ありがとう、ネージュさん」
「それでしたら、朝食をご馳走になるお礼にネージュさんをお手伝いしますね」
そんな会話を交わしファシリアが「張り切って朝ご飯を用意しなくちゃ!」と足取り軽く去って行った後、ネージュは魔法で水を汲むための皮袋を取り出しながらモリーを振り返る。
「水を汲みながら……事情を聞いても良いですか?」
その言葉にモリーはかすかに頷いたのだった。
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モリーが生まれたのは小さな村だった。
北の国との国境に近い場所に位置していたモリーの村は国同士の小競り合いに巻き込まれやすく、物心ついた頃には両親は戦火の中で命を落としていたが、それでもモリーは村の人たちと幸せに暮らしていた。
ある日、村の人々と狩ったウサギの毛皮を町で売って日用品を買い込み、さて戻ろうかと思ったそのとき聞こえてきた音楽にモリーは足を止めた。
「この曲は……」
それは春の収穫祭の時に歌う曲だった。
どうやら町の集会所で合唱の練習をしているらしい。
(ふふっ、この曲好きなんだよね……歌うと春が来たなって気持ちになれるから)
モリーも軽やかなメロディに合わせて、思わず歌を口ずさんだ。すると、伴奏の音がぴたりと止み、集会所の窓が突然開いた。
「今のは貴女の歌声?まるで小鳥のさえずりのような可愛らしい歌声ね!」
顔を出したのはきらきらと輝く瞳が印象的な美しい女性だった。だが女性の明らかに身分が高いと分かる身なりに気づき、モリーは慌てて頭を下げた。
「あ、あ……あの、すすすみません!貴族様の、じ、邪魔をしてしまって、申し訳ありません……」
あたふたとするモリーに、女性は笑顔を見せる。
「怒ってないからそんなにかしこまらないで。そんなことより貴女、ここに来てちょうだい!」
「へ……?」
「今、子どもたちに歌を教えているのだけど、歌の見本を見せてあげて欲しいの」
「そ、そんな!私の、う、歌なんて……」
「そんなことないわ!とても素敵な歌声よ!」
その言葉にモリーは照れてしまい思わず俯いた。
けれど、女性は目を輝かせて窓から身を乗り出して更にモリーの歌声を褒めたたえる。その勢いに思わずモリーは俯いた顔を上げて目を丸くしてしまった。
「あら……私ったら素晴らしい歌声に出会えて興奮してしまったわ。こんなにはしゃいで、はしたないわね。まだ挨拶もしていないというのに!ごきげんよう、私はファシリア・ネバーランドと言います」
「あっ、えっと、私はモリー・ブルーフェザーです……って、ふぇ?ネ、ネバーランドって……!」
「ええ、父がここの領主で……って、この子いきなり固まってしまったわ!大丈夫?」
──これがモリーとファシリアの出会いだった。
ファシリアは心優しい性格で、貴族の身でありながら親を亡くした子供たちに歌を教えたり、病院で怪我をした兵士たちの為に音楽を演奏していた。そして次第にモリーも町にたまに出てはその活動に参加するようになっていった。
それは2人とも歌が好きだったのもあるが、ファシリアの「人の心を元気付けたり、明るくする固有魔法」とモリーの「人の心を癒す固有魔法」が偶然にもとても相性が良かったからだ。
2人は親を亡くして塞ぎ込んだ子供を励まし、戦場から身も心もボロボロになって帰ってきた兵士を音楽で勇気づけた。こうして2人は身分は違えど少しづつ距離を縮めて行ったのだった。
「モリー、良かったらこれを受け取って」
「わ……!ファシリア様、有難うございます!」
ある日、ファシリアから渡されたのは質素だが美しい細工の髪飾りだった。
「この髪飾り、鳥の羽の形をしているんですね」
「ええ、貴女に初めて会った時の歌声が忘れられなくてそのデザインを選んだの。それから、その……これからは私の事をファシリアと呼んで欲しいわ!」
「え?でも、そんな畏れ多……」
慌てて断ろうとファシリアの顔を見上げると、その頬は今まで見たこともないくらい赤くなっていて。そこでモリーはこの土地にある大切な人に身に付けるものを贈る習慣を思い出し、同じくらい……いやそれ以上に顔を真っ赤に染めた。
「あの、大切に……身に付けます……」
「……!あぁ、受け取ってくれてありがとう!」
嬉しそうなファシリアに抱きしめられながら、モリーはこんな幸せがいつまでも続けばいいと──そんな愚かで儚い夢を願っていたのだ。
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しばらくしてやってきたある年。
その年は夏も気温が上がらず農作物が不作だったこともあり、北の国と東の国の関係は悪化していた。そして遂にいつもより大規模な戦闘が行われた。
「怪我人はこちらへ!避難民は集会所へ!」
町は怪我人や家を無くした人々で混乱を極めていた。
その中でモリーはファシリアと怪我人を手当てし、戦場から逃げてきた人々を避難所に誘導していた。するとそこに黒髪の少女が覚束無い足取りでやってくる。
「貴女そんなにふらふらで大丈夫?怪我したの?あちらの方で手当てを……ッ!?」
「……ッ!駄目!ファシリア……!!!!」
一瞬の出来事。
少女が握りしめた真っ黒なナイフは、傍に駆け寄ったファシリアの腹部に深々と刺さっていた。
「うっ……!これ、は……呪いの……短剣……?」
禍々しい魔力が込められた短剣は泥のように形を崩してファシリアの体にとけ込もうとしている。一部の魔女が使う呪いを体に植え付ける呪具だ。
「東の領主の娘!汚い魔女め!お前が兵士に魔法をかけて戦場に送り込んでいるんだろう!」
その言葉にモリーは顔色を変えた。
モリーたちは戦場で疲弊した兵士たちを慰労するため音楽を奏でただけ。ほんの少しだけ、固有魔法を使って心を元気づけるために。そしてまた戦場へと旅立つ彼らを見送っただけ。そう思っていた。
けれどそれを「軍の指揮官である領主の娘」がやっていたとすると、北の国の者はどう思うだろうか。
「東の領主は自分の娘である魔女を利用して北の人間を殺してるんだ!この人殺し!卑怯者!家族を、父さんと母さんを返せ!呪われろ呪われろ呪われろ!」
少女から発せられる言葉はそれ自体が呪詛のようだ。
それに呼応するかのように、ファシリアは苦しそうな呻き声を漏らして膝から崩れ落ちる。
「う……ぐっ……!!」
倒れかけたファシリアをとっさに支える。
一体どんな呪いをかけられてしまったのだろう?体に害のある呪い?それとも痛みを伴う呪い?大好きな音楽を奪われてしまう呪い?正体の分からない焦燥感のせいでモリーのこめかみに冷や汗が流れていく。
「大丈夫!?ファシリア、体が辛いの?」
「ありがとう、大丈夫みたい……」
言葉の通りファシリアの表情は穏やかだ。モリーがほっと息をつくと、ファシリアは不思議そうに目を瞬かせて首を傾げてこう口にした。
「えっと、ところで……貴方はどなたかしら?」
その瞬間。
モリーの周りの全ての音が消えてしまった。いや、消えてしまったように思えた。何も聞こえない。何も分からない。ファシリアは……今なんと言った……?
「アハハ!いい気味だ!ファシリア・ネバーランド!お前は最も大切なものを永遠に失い続けるだろう!」
モリーの真っ白な頭の中をいつまでもいつまでも少女の嘲笑が響き渡っていた。
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🐦そっと開いたドアの向こうに
壊れそうな世界はある
🎹朝が来るのか 夜になるのか
迷いながらひかりは綻びて
🐦声が呼ぶまではもう少し遊ぼう
🎹花のように廻る時を繰り返し
🐦🎹夢はこの部屋の中で
🐦優しい歌をずっと君に歌っていた
🐦🎹何がほんとのことなの
🎹一番強く信じられる世界を追いかけて
🐦🎹君の銀の庭へ
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🎹ファシリア・ネバーランド(cv.ゆきかぜ)
東の国の魔女。
北の国との国境に位置するネバーランド領を治める領主の娘でおおらかで心優しい性格。身分の高さが災いし北の国の魔女に最も大切なものを喪う呪いをかけられ、恋人のモリーの記憶を毎日喪ってしまっているが本人は自覚がない。現在は旅をしながら自分が何を喪ってしまったのかを探し求めている。
【好き】音楽、人々との交流
【嫌い】争いごと、人を傷つける物や人
【特技】チェンバロの演奏
【ステッキ】チェンバロ
【固有魔法】「音楽は優しく流れ(コン·テネレッツァ)」
人の心を元気付けたり、明るくする魔法
🐦モリー・ブルーフェザー(cv.神楽坂和音)
東の国の魔女。
ファシリアと相思相愛の恋人同士だったが、呪いでファシリアが自分のことを忘れてしまったため、今は偶然出会った旅人の振りをして共に旅をしている。小さな村に育ったあどけない少女で、少し気が弱く人前では小動物のようにびくびくしていることが多い。人々を癒す小鳥のような愛らしい歌声の持ち主。
【好き】ファシリア、音楽
【嫌い】高圧的な人、怖い話
【特技】収穫祭の歌を歌うこと
【ステッキ】鳥の翼の形の髪留め
【固有魔法】
「その音は甘く優しく(アマービレ)」
人の心を癒す歌を奏でる魔法
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◇第2章 プレイリスト◇
https://nana-music.com/playlists/3840346
◇素敵な伴奏ありがとうございました◇
めろそめいゆ様
https://nana-music.com/sounds/0374fd5f
◇ 𝕋𝕒𝕘 ◇
#Kalafina #まどマギ #ED
#魔女ファシリア #魔女モリー
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