ソフィーの記憶
井上あずみ 魔女の宅急便
ソフィーの記憶
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「そういえば!ソフィーさんって旅人ですよね?故郷はキリエ…じゃないですよね」
既にデザートに手をかけている。シノは宿屋の定食を食べ終え、ソフィーが運んだアイスを一口食べながら声をあげた。お盆を抱き締めながらソフィーは振り向く。
「…うん」
「わぁ!もし良かったら、ソフィーさんの故郷についてインタビューさせて下さい!旅人さんって事は、きっと遠い街から来たんですよね!…きっと私も知らないような魅力があるかも…!!」
シノの頬がパッと明るくなる。こきょう…?その言葉の意味が分からないソフィーは曖昧に頷くとキッチンへと戻った。ランチの時間も終わり、宿屋は食堂を閉じて本来の仕事へシフトしてゆく。
今日一日の仕事を終え、アイムとソフィーは住居として当てられた部屋へと戻った。早々に部屋着に着替えるとアイムは最近読みふけている本を開き、ソフィーは窓辺に椅子を引き摺り外を眺めた。暫し本と窓辺に集中する二人、ねぇ…と心地よい沈黙をソフィーは静かに打ち破る。
「こきょうって…なに?」
「んー…生まれ育った街や場所の事だ…」
アイムは本に夢中で答えもどこか上の空だが、次の一言で現実に引き戻された。
「私の…故郷って…どんなとこ?」
ガチャン!うっかり飲んでいた世界樹のお茶を吹き出すところだった。アイムは慌ててマグカップを机に置いた。
「三つ編みの…理事会の人が聞きたいって…」
ソフィーの存在が理事会にバレたか!アイムの顔は見る見る青ざめたが、ソフィーは気にせず言葉を続けた。
「街の宣伝のヒントにしたいからって、みんなに聞いてた…女将さんも…旦那さんも…あとお客様」
…どうやらソフィーの存在を勘ぐって聞き出している訳ではないようだ。アイムは胸をなで下ろした…のも束の間、答えに詰まった。…ソフィーの生まれ故郷は、ギャンググループや裏社会のアジトの奥も奥。常に生臭い臭いのする暗い部屋の向こう。オートマタのバイヤーでしかない自分があの奥に行った事は無い。
「…」
ラリマーの煌めく瞳が突き刺さる程真っ直ぐにアイムを見つめる。無表情だが、答えを待っている気持ちはアイムにヒシヒシと伝わってくる。…生まれとは違うが、彼女の起動に関わる話だ、これなら嘘にはならないだろう…アイムは静かに語り始めた。
「お前は俺と同じ、海の小さな集落で起動したんだ。…いや、貿易や海水浴で賑わう南の海のエリアじゃない。北の冷たく暗い海のエリアだ。お前の母さん…いや、オートマタのお前に親は居ないが…お前にとって母親と言ってもいい存在が住んでいた。…母さんはマーマンじゃない。
お前の母さんは俺が小さい時からずっと俺を近くで、遠くで見つめ続けてくれた。でも、海から出ることはなかったな。海へ行くといつもどこかで姿を表して俺を見ていた。水に恩恵を受ける俺たち種族とは縁も深いし、海の集落だから見つけたとしてそこまで珍しくはないんだが、必ず姿を見るなんて事は今まで聞いた事がないらしい。俺にとっては当たり前だったからそれだけ珍しい事だって大人になるまで知らなかったけどな。
…色々思い出してきた…俺、何もない寒いあの故郷が嫌いだった。地味で、つまらなくて、退屈な…でも、ガキの時はずっと海で遊んでいた。友達と競争して、魚を取って…いつも俺が一番だった。そうだ、俺は故郷の海が好きだったんだ。お前の母さんが遠くから俺を見てくれているあの海。いつから灰色で味気ない海だって思うようになったんだろうな…。母さんには名前なんてなかったから、俺は俺の死んだ母親の名前で呼んでいた。友達はみんな俺を馬鹿にしてたよ。精霊に名前を付けて呼ぶなんてってな。でも、俺の母親は精霊の様に美しい人だったと聞いてたから、誰に変だと言われようとも俺は付けた名前で呼んだ。…勿論、ヒューマノイドじゃないから会話なんてなかったけどな。けど…けれど、綺麗なヒトだったよ。俺の初恋のヒトだ…ガキの下らない恋愛ごっこだ、笑ってくれ…って、お前には無理か。
俺も大人になって、どんどん海はつまらない場所になり、お前の母さんも単なる海の一部にしか感じなくなった。いつしか俺は故郷を飛び出して…お前達に関わる仕事をし出した。…どの法にも触れるであろう、オートマタのバイヤー…」
ふーと長い細いため息をついて、目を伏せた。そしてゆっくりとお茶を飲むアイム。己を落ち着かせようとしているのだろうが、苦悶の表情が滲む。
「嫌気がさして逃げ出した故郷…でも、俺は結局あの故郷と海を忘れられなかった。丁度秋だったかな…たまたま俺の故郷の話を聞いた。更に住む人が減って、もう集落とも言えない程寂れたって…俺は帰ることを決めた。故郷を救おうとか、親の様子を見ようなんてものじゃない。俺は俺が正しかったと示したかったんだ。金持ちになって力のついた俺の姿を見せつけてやろうって…俺は馬鹿だった…」
横暴になっていくアイムは情報漏洩の危険があると組織に目をつけられていた事、そしてオートマタを販売する行動とは関係の無い動きをしてしまった事で、処刑実行が命令されてしまった事…
「おかあさん…は?」
アイムは、ハッとした顔をした。故郷の話をするはずが、自分の話になってしまっている。この話はそもそも、街の宣伝の為のインタビューに過ぎない。暗い話をする必要はないし、全てを話すのはまだ…
「あぁ、母さんだな。俺が海に行くとやはりいつも通り顔を出してくれた。お前に力を分けてくれたから、お前は動けるようになったんだぞ!だから、お前は俺と同じ、海の子なんだ」
嬉しそうに笑うアイムにつられ、ソフィーもニコリと微笑み目を閉じる…
『…何で…あぁ、そんな…死なないでくれ!ソフィー…ソフィー!!!』
肌を刺すような冬の冷気と海の香り、酷く取り乱したアイムの叫び声が瞑った瞳に広がる。目を見開くと、ソフィーはアイムに駆け寄って首元に抱き着いた。
「…どうした?ソフィー」
「アイム、これからも、ずっとずっと、一緒に旅をするよね…」
「勿論だ。いつかほとぼりが冷めたら、あの海を一緒に見ような」
恐る恐る目を瞑る。ソフィーの眼中には夕日の沈む穏やかな海が広がっていた。幸せだった、あの海の記憶。
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お礼に浮き輪キャンディをシノから貰いました。
シノは水のマナを手に入れた
ソフィーは火のマナを手に入れた
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