魔王 バロール
Eve
魔王 バロール
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私はこの町の人々をキャンプ地へ誘導する仲間に託す業務に専念した。協力者のおかげで粗方の生存者はこの町から救い出せたようだ。逃げ遅れた団体を仲間に託す。そろそろ撤退しないと命が危うい…もうあの協力者もこちらに合流するだろう。そう思い町の方へ目を向けた私は恐怖に凍った。黒の物体が大地から生え出そうとしている。黒の瘴気はズルズルと流れ落ち、邪眼の頭部が顕になる。咄嗟に目を背け、生存者を走らせた。完全にこちらに気づき襲う構え…一瞬でも足止めにならねば…!私は意を決して振り向き剣を構えた…が
「…?」
魔王はゆっくりと体を翻すと、また瘴気の中へと戻っていく。そこに不自然な光の筋が魔王目掛けて空を駆けていた。まだ誰かいて、戦おうとしている。私はハッとした。あの蜥蜴の協力者だ!彼女は一般人だ、しかも兵団ですら壊滅させる魔王を相手に一人で戦えるはずもない。私は咄嗟に非常用の伝達呪詛を開いた。
「其れは音を超え、光を超え。届け、届く。それは思念、紙に非ず、鳥に非ず」
燕型の赤い紙が鳥のように羽ばたくと光の速さで飛び去った。私が彼女の元に行ったところで勝ち目がない事は揺るがない…それでもどうか…
「生きててくれ!」
私は町の中へと走った。
閃光はブンブンと動き回り、時々魔王を狙うような動きをしている。私は光を逃すまいと目線を向けたまま走った。だいぶ光が近づいている。魔王が大地を叩く轟音も耳に煩くなってきた。あと少し!そう思った時だ。あの閃光は一点空を照らし続けて動きを止めた。背筋が凍るとはこの事だと思った。消え去りそうな希望を胸に、やっと光の元にたどり着いた。
…絶望的な状況が目の前に広がる。瘴気に絡まれた協力者が宙吊りにされ、周りで目玉が瘴気から無数に生え出て、ジロジロと協力者を見つめている。
『もっと見せてくれ…見たい、見たい…』
瘴気から昇る呻き。直ぐに理解した…ずっと見たかったんだ、バロールは。邪眼の魔王は見るもの全てが死に絶える。確か、神々の魔法の飲薬を作る時に上がった毒気に目をやられ、落ちてしまった魔王だと聞いた事がある。ずっと目を閉ざされ、ゲヘナの最下層、世界樹の内部に封印され…蘇った今ですら、見るものが枯れゆく。自分がそうなってしまったら…きっと狂うだろう、この魔王のように。
「私は…『何』?」
協力者は苦しみながら呟いた。瘴気は好奇心と歓喜に湧き、グネグネと不気味にうねる。目玉のひとつがゆっくりと協力者の胸元に近寄ると、トプン…と水音を立てて体内に入り込んだ。断末魔と共に、「やめ…」と言って気を失った。彼女に絡んだ瘴気は大きな手に変わり、彼女の体からバロールの首が生え、胴体は大地の瘴気溜りに繋がっている。まるで彼女の体に頭全てを埋めたような状態だった…
「…」
私の話に協力者、基、ジーグは顔を歪めて絶句していた。
「その瘴気の跡はその時のものだろうね。正直、死んだと思った。生きてたとして、直ぐに死ぬか廃人になるだろうと思っていたんだ。…でも、君は余程愛されてたんだろうな」
雪の積もる外に陽の光がさし、窓から普段より強い光がさんさんと注がれている。
『…おお、この者の闇か、それが望みか?叶えてやろう、叶えてやろう。その代わり、もうその命も体も、儂の眷属、儂の目だ…もっと見せてくれ、隠すものが無くなるまで、儂が飽き棄てるまで…』
欲望と狂気、魔法と呪いの根源たる想いの詩…それをまざまざと見せられて私は動く事すら出来なかった。むしろ、その禍々しさに吐き気すらした。もう、剣を構える力もなく佇んでいた。しかし、そんな状況は長くは持たなかった。ジーグが急に目を開くと瘴気諸共火花が散った。
『吾輩はこの者の片割れ。吾輩がこの者の詩に導かれ、この者の魂が吾輩を選んだ…未だ吾輩の力に振り回されおるが、真剣に挑み続ける愛い者だ。これは禁忌、避けねばならぬが…』
ジーグの手に閃光が集まる。それはまるで槌のような形をしていた。
『邪眼に嬲り殺されるなら、吾輩がこやつを殺そう。許せ、片割れよ』
ジーグから雷が無数に飛び散る。…見たのは初めてだ…あれは…
「神堕ち!!」
堕ちた者は人にも神にもなれず、化け物として魔王同様神と人の敵となる。帰って来れなくなったら…私は震える手で光を放っていた装置を掴むとブンブンと振り回した。こんな光で状況が変わるわけもない。でも、このまま行ったら、死よりも残酷な未来しかない。ジーグの体が光を放って肥大し、人の枠を越えようとしている。
「お願い!どうか!!どうか!!!」
光の顔がこちらに向くと、少し悲しそうな顔をした。
『吾輩もまた…まだこやつの道を共に歩きたい…』
そういうとバロールの首を締めながらギリギリと引き抜く。魔王の目に雷電を放つと瘴気がバタバタと暴れ、私は吹き飛ばされた。その際に装置の蛍石が壊れて弾けた。
『…まだ間に合う。頼む人の子よ…我等はここにいる』
弾けた蛍石に雷が走ると乱反射を起こして、まるで閃光弾のように辺りが光に包まれた。
「…その光に援軍がみな気づいて集まった。各首都の総帥や総大将、名だたる兵団…。本来バロールを迎撃するはずの軍が全てね。私達はあくまで被害が及んだ際の防衛隊でしかなかったんだ。あまりに強い力と、バロール自身が情報魔法の使い手だったから、こんな事態になった。…言い訳でしかないけど。既に君の憑神の攻撃と蛍石の閃光で弱ったバロールは無事に討伐され、君は隔離された。…当たり前だ、魔王を体に取り込んだ上に神堕ちまで起こしかけたんだから」
「…眠っていた間にそんなことが…」
言葉を続けようにも、あまりの事に言葉が続かない。すまないとだけ言って、俯いた。
「瘴気の元が死んだ今も、君の中で息づいている。それだけ、バロールの想いは強かったんだ…と思う。もう時間もたって、色も薄くなってきたから、きっとそれは治るのだろうけど」
兵はふぅ…吐息をはく。
「生憎、私は消す方法を知らない。それに…君に執着しているのも、きっと何か繋がるところがあるのかもね。消す為の努力をするのも、消さずに共に生きるのも、君が決めることだ…と私は思うよ」
兵の目は真っ直ぐジーグを見つめている。きっと被検体として、貴重なデータを得るために…といった考えで言ってはいないのだろう。
「…まぁ、どっちにしたって理事会には有効なデータになり得るしな。考えてみるし、協力もするさ」
話を終え、兵は帰って行った。もう暗くなった工房に一人、依代銃の蛍石を撫でて呟く。
「…ありがとう」
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バロールの情報を得、理事会と協力する事となりました。
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