消えないあの星を君へ
sterRhysm
消えないあの星を君へ
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いつもボロボロに使い込まれている短剣の修理が終わり、仕上げに持ち手に皮を巻いていた時のことだ。コンコンとノック音。店には工房に居ると看板を掲げていたから客が来たのだろう。ジーグは一旦手を止めて扉を開く。そこには奇妙なお客がたっている。
「…いらっしゃい…ここはカフェじゃないぞ?」
ジーグは困惑しつつ答える。そこに立っていたのはあまり街では見かけないステラだ。緑色に光る青灰の髪を北風に靡かせて立っている。手には何故か真っ白のカップ。
「まさか、そのカップで武器を作るんじゃないよな?」
「ん?プレゼント制作を受け付けるのはここではなかったか…」
あ!声が漏れる。うっかり忘れていた。クリスマスのプレゼント!立ち去ろうとするステラを呼び止め、工房へと通す。ステラは物々しい武器屋の工房をキョロキョロと見渡して口を開いた。
「ハロウィンで共に作業して思ったが…君も存外凝り性だな。どの武器も細かな装飾や調整を施している。単なる棍棒までわざわざ重さを力に変えられるよう削ってあるなんて…。君は僕らの世界の者とよく似ている」
「おー…それは褒め言葉なのか?まぁ、満足いかないもんは出したくないってだけだ」
そう言いながら席をすすめた。二人が席に着くと、依頼の話へ…
「で、プレゼントってのは?」
「カップだ。僕は天体観測には必ず温かな飲み物を添えないとやる気がでない。この習慣をつくった張本人にささやかな感謝と仕返しをな」
そういうと、ぽつりぽつりとステラは昔の話をジーグに語り出す。今は有名になった歌姫セイレーンとの、幼い時代の星見の話。
「…」「なんだ?」
「あ、いや…。あまりプライベートとか、そういった姿って想像出来なかったから、なんか意外だな。人だから付き合いがあんのも当たり前だけどさ。学者さんの顔じゃないステラ…可愛」
言いかけて口を閉じた。ステラの照れるような怒るようななんとも言えない目線が鋭く刺さる。
「仕事の話に戻すぞ。それで、この無地のカップに絵付をした世界でひとつのカップを彼女に渡したい。今年の冬のコンサートに彼女はキリエに戻るらしいんだ」
ジーグは受け取ると、カップを見つめる。
「構図はこれで…」
ステラは要望をザックリ書いた紙を差し出すが…
「いや、これはさ…」
遮ると、ジーグは工房の道具置き場で何かを持ち出しステラの前に並べた。それは色とりどりの顔料と使い古された筆、そして水の入ったバケツ。
「自分で描くのが一番のプレゼントじゃないか?私は二人の思い出も、見てきた風景も知らない。構図を模写しろってのは出来るだろうが、思い出まで描くことは出来ない。それじゃ完璧じゃないだろ?」
反論しようと口を開きかけていたステラだったが、完璧ではないという言葉に口を閉じた。作り上げるなら完璧に…そのこだわりはジーグとステラだから共感し合う信念なのだろう。しばらく考え込むとステラはジーグを見た。
「…なら、このセットを貸してはくれないか?」
「構わないぞ。使いやすい小さいものを貸してやるよ。描き終わったら乾燥しないように箱に入れて、なるべく早く持ってきてくれ。焼き付けたら完成だ」
ステラはお礼を言うとセットとカップを持ち、展望塔へ帰った。
その日の夜、ステラの姿は商店街にあった。木々の上に組まれた足場の高台エリア…昔、安い望遠鏡を抱えて登った思い出の場所。今では高級品の望遠鏡を抱えて登る学者のステラだが、あの日のワクワクする気持ちは全く変わることもなく、この胸を高鳴らせている。
「…さむぃ」
誰にも聞こえないような小声で呟く。ステラは天体の書物を開き、望遠鏡を覗き、持ち出した水筒でお茶を飲みながら裸眼で辺りを見渡し…それを何度も何度もしつこく繰り返しては、少し何かを書き込む。書き込みが出来たらカップとジーグから借りたセットを取り出して、書き込んだ紙と睨み合いながら、丁寧に丁寧に筆を走らせる。時折、あー疲れた…等と吐息混じりの呟きが闇に溶けていた。キラキラ光り輝く星空に一人、白い息と白い湯気を散らしながら、小さな鳩の獣人は囁かな想いを仕上げていく…。書き上げたと筆を置いた時…
「あ!」
思わず大きな声が出た。シュンと光の尾を引いて暗闇を切り裂く流星…ステラはすかさずカップに色を足した。
「…なんだよ…ふぁあ…店はまだやってない…あ」
早朝、少し薄暗さの残る朝焼けに小鳥の声だけが楽しそうに歌っている。そんな時間の来客に欠伸混じりに不満を言うジーグだったが、その来客の姿にそれを理解した。
「…なるべく早くって事だったが…?申し訳ない、僕は時間の流れが逆転してるのか、感覚がズレてるらしい」
無表情の顔で首を傾げながら、手には白い箱。ジーグは構わないよと言いながら箱の中身を取り出した。そこには構図の絵とは全く違う、キリエと夜空の風景。そして何より…
「綺麗だな。特にこの流れ星、鉱石を使った顔料を選んだのか。星を捕まえて閉じ込めたような絵だ」
素直なジーグの感想にステラは満足気に目を閉じた。
…数日後、場所はキリエ唯一の劇場。そこはコンサート関係者しか居ない閑散とした客席…。リハーサルが終わったのか、ステラは拍手を一頻りするとすっと立ち上がり、舞台から駆け寄るその亜人を迎えた。
「…相変わらず…よく歌うセイレーンだな君は…。君のせいで、僕の天体観測は静けさに違和感を感じるようになってしまったんだからな。…君の美しい歌が、君と飲むお茶がないのが寂しい。よくも僕の観測を邪魔したな。だから…これを君に。囁かな…僕の仕返し」
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ジーグは光のマナを手に入れた
ステラは闇のマナを手に入れた
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