キリエのハロウィン
クロノトリガー
キリエのハロウィン
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いつもは朝から開催されるハロウィン。しかし今年はひと味違う。いつもは秋の恵を感謝しながら、仮装に身を包み共に菓子を分け合う…。
けれども、今年は誰も仮装をしない。…ある意味、「仕事に殉ずる」というのはそれもまた仮装なのかもしれないが…。さぁ、世界が夕日に照らされて、秋の眷属達が染め上げた世界と溶け合う茜の世界…。今年も煙草を吹かしたアグルが花炎石の指輪を煌めかせて、街の防壁に設置された火薬に火を灯す。パパパン!!防壁のあちらこちらから乾いた破裂音が響く…いつもの祭より少し遅い、ハロウィンの開催だ!
「さあ、お急ぎ下さい…宿屋と合同で今年の供物を担当しなければならないのですから。今年はいつものように高みの見物などしないで下さいね」
兎の耳を生やした見慣れない女がアグルを急かす。聞くとどうやら臨時の手伝いらしい。…でもコイツ…なんか…?アグルは首を傾げたが、酒場の主として酒を振る舞わねばならない。臨時の手伝い店長なのになぁ俺…と吐き捨てて、女と共に城壁を掛けおりる。
「合図です。さぁ、指示をお願いいたします」
鹿の角を生やした男がみりんに伝達する。あまり見ない顔だが…こうしてはいられない。
「さあ!キリエの気高き子供達よ!!今こそ日々の鍛錬を披露する時!!立ち上がれ!!恐れるな!!前へ進め!」
ピリリと緊張が走る号令。蒼の髪が秋風に揺れる姿はまるで軍旗のようだ。みりんの号令を受け、子供達はみっちりと教えられた行進を披露する。太鼓を叩くのも子供達だ。親御を始めとした観客たちはその勇ましい姿に歓声をあげる。広場に着くと素晴らしい剣術を披露。さらに場が盛り上がる。
「…広場の出し物は順調なようです。そろそろここへ子供達が来ます。ご準備を…」
「うっせぇ」「うるさい」
リスの尻尾を持つ女の言葉にぶっきらぼうな答えが重なった。…これでは星の座標が違う…んだよ!じゃあここをもっと右に調節して…と、ブツブツと呟き合う声。完璧主義同士、最後まで手は抜かない。
「…子供達が防壁に登り始めました」
「よし!ギリギリで間に合った!ついに日の目だ…見ててくれよ、さとら!そして…」
「じゃあ、僕は講義のために下に戻るよ。あとは頼んだよジーグ」
ステラの言葉にジーグは手を振る。リスの獣人はステラと共に広場へと戻って行った。それとすれ違いに子供達がジーグの元へたどり着いた。
「…いいか?お前らがこれから使うのは兵器だ。でもな、道具は使った者によって答えを変えるんだ。使い方は覚えたな?」
子供達は頷く。
「よし!配置につけ!」
ステラは広場の壇上に辿り着いた。
「これより、秋に煌めく星座のお話しをしましょう…」
なんだ…単なる講義か。外は既に暗くなり、星は見えるが話だけではよく分からないしつまらないだろう…観客たちは他の場所へと進もうと動き始めた時
パァン!パァン!!
大きな破裂音と共に防壁の上から大砲のようなもので何かが撃たれている。しかし、それは砲弾と言うよりは…
「あれに見えますのが、有名な秋の大四辺形であるペガスス座のアルフェラッツ、マルカブ、アルゲニブ、シェアト…」
光魔法のようであった。現に砲弾のようにどこかを破壊するでも、落ちるでもなく、光の筋を保ったまま中に浮き続けている。
「…よし!流石みりんに鍛えられた子供達だな。完璧に依代砲を使えてる…!」
ステラの講義に合わせ大砲を発射する。その美しい星座の世界に皆は酔いしれ、最後までしっかりと講義を受け続けていた。
光のショーが終わり、またキリエが夜の闇に落ち着いたかと思うと、今度はランタンが赤や青、黄色に緑と様々な色に変化した。
「さぁさぁ!星座の講義の後は私の薬品実験だよ!!」
楽しそうに笑うアルマ。手には粉の入った小袋をカボチャのランタンに投げ入れると、光の色が変わる。
「面白いでしょ?粉は殆どが炎へ干渉する薬草をブレンドしてるんだけど…最後の仕上げ!違う属性の粉を足すとあら不思議!反発しあって属性の色を放つんだ!さぁ!君も作ってみないか!?」
アルマの叫びと共に、ネズミの耳を生やした子供達が粉を持って観客に配り出した。皆はそれぞれ思い思いの粉を選択し、街は七色に彩られる。
「なんだいなんだい!!今年のハロウィンはやたらと派手だねぇ!私達も負けてらんないよ!」
はい!というアイムの返事と、コクリと強く頷くソフィー。二人の手にはカボチャのポタージュを沢山のせたお盆。
広場から少し離れた商店街エリア。そこでは毎年恒例のスイーツ・ラボの新作菓子が振る舞われ、そこに集まるお客を狙って飲食店がこぞって出店する。ソフィーの宿屋も今年は参戦したようだ。ソフィーが大好きなポタージュはハロウィン仕様に変身し、お客を楽しませている。
「…あ」
慣れない作業にうっかり足が縺れたソフィー。転びそうな体を狐の耳を生やした男に支えられた。
「おっと、転んでしまってはせっかくのスープが台無しだ」
ぺこりと頭を下げる。異変に気づいて走り寄るアイムの方を見やっていた隙に、その男はどこかへ消えていた。
「おいおい!宿屋は4人もスタッフがいて、なんで俺のところは1人だけなんだよ!!」
酒とツマミ作りに追われるアグルが恨めしそうにソフィー達を睨む。
「酷いなぁ…僕だってしっかり力になりますよ」
相変わらずの微笑みを称えて、丁寧にグラスを拭くリクト。確かに助かっているが、不思議と彼の周りはゆったりと時間が流れているように見える。急いでいないのに、何でこいつの仕事は早いのか…。流石流れで仕事を回るだけのことはある。無駄な動きが全くない。
「…さぁ、祭ももう終盤…最後に僕の取っておきです。皆さんお飲みください。良い夢を…」
そう言うと、各テーブルに獣人たちがカクテルを置いた。それはカボチャのようなオレンジ色だったが、添えられた月の泪石を落とし込むと、シュワシュワと音を立てて溶ける石の周りがどんどんと夜の闇のような深い青へと変わっていった。
泪石はトロリとした甘味を加え、安眠の薬としても出回っている。少し高いアルコールと共に穏やかな眠気が皆を包んだ…。
「皆様!本当にご苦労さまでした!!」
祭の終わり、静まり返った広場にシノの明るい声が響く。
「…シノちゃん…まさかここまで仕事を組み立ててたなんて…!!」
今年の祭は例年より高い評価を得た。シノの采配に寄るところが多く、ニフは喜びと共にその才能に震えていた。
「…そうよぉ?ニフ。うかうかしてたらその地位取られるかもねー」
ニヤニヤと笑うヤミィ。ニフがひぃん!と悲鳴を上げた。
「…それにしても面白かったわね。どう?今年の仮装。私もなかなか面白いこと考えるでしょ?」
木枯らしと共に落ち葉がキラキラと舞うそこへ降り立ったのは先程の獣人たち…彼らはウィッグを外すと、各々の髪が中から溢れ垂れ下がる…赤から黄色、そして緋色へと目まぐるしく変わる美しい髪をたたえていた。
「ふむ、人として働くとはこんな感じなのだな…なんと興味深いことか…」
ヤミィはウィッグを回収がてら、化粧を落としていく。
「おかげで誰も我々が精霊とは気づかなかったようだ。それこそ、巫女たちさえも。…ふむ、仮装というのも悪くないな。人の子らが楽しそうにやるのも理解できる」
精霊が勢揃いしたキリエの広場は神々しい光に満ちている。ニフとシノは改めて精霊達に感謝を述べた。
「…さて、名残惜しいが…我らが主がお戻りになられる。我らも行かねばならない…秋が終わる。また、次の秋まで…」
そう言うと精霊達は光を放ちながらゆっくりと消えていった。
それを見届け、帰ろうとした皆の頭に声が響いた。
『今年も素敵なハロウィンをありがとう…』
それはどの精霊の声でもなかった。
冷たい風…歩く足にサクリと霜を踏む音が聞こえた。
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秋の主より、感謝を。また逢う日まで…おやすみなさい。
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